八千代の概要
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沿革(歴史)
本町には上古から村落が点在し、それらは結城国に属していた。江戸時代以前までは、分合変遷が著しく、結城領、山川領、壬生領の飛地、豊田氏の統合化、下妻多賀谷氏の勢力下に置かれるなど絶えず争いに苦しんできた。江戸時代初期に多賀谷・結城両氏の分割するところとなり、その後天領、旗本領、藩領等が入り組んで、その支配は非常に複雑を極めた。江戸時代中期になると飯沼、山川沼の開拓が行われ、農業用水として吉田・仁連の2用水と山川排水路が作られ、盛んに入植が行われた。
明治維新後、5,6ヵ村が連合して戸長役場を開き、明治17年には戸長役場が連合して1行政区となり、明治22年町村制の施行により西豊田村・安静村・中結城村・下結城村・川西村が誕生し、自治制度の基礎が確立した。
昭和30年、この5ヵ村と三和町の一部を合併して「八千代村」となり、昭和47年町制を施行して現在に至っている。
沿革(人口)
平成15年10月1日現在対前月比
人口24,641人(-18)
12,387人(-12)
12,254人(- 6)
世帯数6,279戸(- 1)